身体の使い方を学ぶのに、身体能力は関係ありません。
あなたも私も、同じ構造を持つ人間です。
あなたの身体の可能性を開いていくことは、いつだって可能なんです。
そして自分の身体を使う喜びは、本来ならどんな方でも経験することができます。
でも多くの人は子供の頃、体育の授業で評価されなかったことによって、「自分は運動に向いていない」と認識するようになり、「運動は運動神経が良い人がやるもの」という考えになって、だんだんと疎遠になっていった人が多いのだろうと思います。
これは本当にまずい教育だと思います。
なぜならこの経験は自分の身体に敬意を持つことへの妨げになってしまうのですから。
私がやっていることは、そういうふうに自分の身体と疎遠になってしまった方々に対して、子供の頃には出合えなかった身体の使い方を体系的に学んでもらう中で、動く喜びを経験したり、自分の身体の素晴らしさに気づいたり、自分の身体への理解を深めてもらうことに大きな意義があると思っています。
骨や筋肉を本来の役割通りに動かすと、本来の動きができるようになっていくんです。
足のゴツゴツした骨たちの変形も、本来の動きを繰り返し繰り返しやっていくと、配列が変わり本来の動きができるようになっていくんです。骨の配列が整えば、筋肉はより正しく使えるようになるのでその変化はさらに加速していきます。
ただこれは皆さんが想像するよりかは地味で時間のかかることなのかもしれません。
でもそれを一緒に喜んでくれる人は確かにいて、そういう人たちが私の生徒さんになってくれています。
私のやり方が良いというわけではありません。
昨今は色々な手段がありますから、自分に合うものを選ぶと良いと思います。
でも骨であれ筋肉であれ、一般的に知れ渡っているものは私にとっては本当にまだまだお粗末なものばかりです。
例えばストレッチは筋肉を伸ばすことだということしか理解していない人が運動の指導をしていたりします。
そもそも筋肉は伸ばせば良いというものではありません。むしろ筋肉がうまく収縮できないことによって痛みや疲労感を感じることもあるわけです。(肩こりなどはその典型です。背中の筋肉を伸ばすことは逆効果です。)でもこういったことは施術の分野であれインストラクターの分野であれ、理解がない先生はいっぱいいます。
冒頭の体育の授業による問題にも関わりますが、「身体」という存在に対する社会的な価値観もしかり、骨や筋肉など動きに関わるものへの間違った常識もしかり、そういったところへの違和感を今後はもっと言葉にしていきたいなと思っています。