
今日は月一稽古の日でした。
「ストレッチをサポートをする姿も美しいですね」
と言う生徒さんからの何気ない一言によってこの写真は生まれたのですが、やはりというか、私は面白い方向へ持っていってしまいます。
さて学校生活の傍らで常連さんのパーソナルレッスンとこの月一稽古だけは休みの日にひっそりとやっているのですが、私ってほんと体力あるよなと自分でも思います。
ここ1ヶ月は自分の身体づくりをしている暇がなく、最低限のケアをやっているのみなのですが、今日は生徒さんに見本を見せているだけでも身体が軽くなり、やっぱり理にかなった動作って気持ちいい〜と実感した次第です。
学校の実習の日は8時間くらいほぼ立ちっぱなしになるのですが(しかも靴は安全靴)、そうすると私の身体はどうしても左足から崩れてゆきます。
歩いているときも左右不対象感を感じることが多くなっていました。
でも今日の稽古の後はその違和感が軽減しており、元気いっぱいです。
ここ最近はどちらかというと、体力はあるのですがひたすら時間が足りないということにヤキモキしています。
もっとちゃんと勉強したいのに、
仕事のことも新しいことなど考えたいのに、
身体づくりもちゃんとしたいのに、
全ての時間が足りず、駆け足でも足りず、
6月もあっという間に中旬です。
仕事の一環として、身体の動きの考え方などをnoteに書きまとめたいなという思いが少し前から湧いてきているのですが、全くその時間がないので形にならないままです。
私は基本「不言実行タイプ」で、口にしたとたんに力を失うと感じることが多いのですが、こういうときはやりたいのにできないことを宣言したほうが良さそうだなと思ったので書いてみました。
生徒さんを連れて海外リトリート合宿もやりたいものです。
今できないからこそ、そういうビジョンが頭に湧いてしまいます。
今の私は自ら志願したことでの修行期間なので良いのですが、そうでなかったら、こんな忙殺される日々がずっと続くような生活を無期限で送るのはおかしいと私は思います。でも多くの人が致し方なくそういう生活を強いられているのだろうと思います。
大事なものが手からどんどんこぼれ落ちているのに、仕方ないと放置していてはいけません。
大切なものがこぼれ落ちていく日々に危機感を抱かなければいけません。
(危機感を感じることはまともな反応です。危機を直視できないことのほうがすでに問題が起きていると思います)
孤独で退屈な世界に適応してはいけません。
ゲームや動画配信で誤魔化し続けてはいけません。
誰かではなく自分自身が世界を切り開いていかないと。
そう、思います。